英語を学ぼう~ 学校教育
ここでは、 「私は学生時代の英語教育をどのように受けたか」という背景と、 「それに対する私の意見」の二点について述べます。
かなり個人的な内容になってしまうのですが、 「英語を学ぼう」の他のページを書いた人間の過去の英語学習歴として、一応書いてみることにします。
よく言われる「学校で10年も英語を勉強していながら」という例にもれず、私も大学を卒業したときには、挨拶はおろか、辞書片手に短編を読むことすらままならない状態でした。
なお、私は会社に入るまで語学や外国の文化というものにまったく興味がなかったので、学校の授業以外で英語に手を出したことはほとんどありません。
学生時代の英語教育をどのように受けたか
中学校
地元の公立校でした。 教科書通りに進めていく、ごく普通の授業だったと思います。 当時まだ ALT (ネイティブの補助教師)はいませんでした。
文法はおざなりにしかやらず、 "be 動詞" という言葉も学校で習いませんでした。 塾に通っていた友人が「これは be 動詞だから」というのを聞いて「なにそれ」てな感じでした。 別の友人が「~のときは関係代名詞が省略できないから云々」というのにもびっくりしました。 学校の教科書にはそういう説明はなかったように思います。 発音指導も、個別には一度もありませんでした。
特に興味はなかったけれど、同じく興味のなかった「社会」と同様に、テスト前に教科書をちょっと読み返せばそこそこの点は取れる、それで十分だと思っていました。 (あーもったいない)
一方国語の授業では日本語の現代文法をかなりきっちりやりました。 品詞を10に分類したり、語尾の活用を種類別に見たりするのですが、これはかなり好きでしたし、今でも結構覚えています。
中学時代の塾
中三の夏休みに「夏期講習」というものに一週間通ったのですが、その中に英語の授業もありました。 しかし、教科書の中の英語しか知らなかった私にはむずかしく、聞いたことのない用語はたくさん出てくるし、何がなんだかわかりませんでした。 結局 "without" という単語と、「前置詞の後には名詞か名詞的な役割のものがくる」という二点のみを覚えて終わりました。
高校
公立の進学校でした。 入学すると最初のリーダーのテキストが「アメリカ合衆国史」でした (同じ高校の人、いたらメールでもください)。 今であれば大変興味を持って読んだでしょうが、当時は単に退屈で面倒でした。 他の年も、今思えば面白そうなテキストを使っていたのですが、当時は「辞書引きは面倒だし、全部引いても意味がわからないし」という (当時の私にとっては) かなり難しい文章が多かったように思います。 授業では一文一文、これは分詞構文、ここはこう考えればわかる、とじっくり読み進めていったように記憶していますが、半分うわの空でした。 当時の先生方、ごめんなさい。
その他に毎週文法の授業があったのは覚えているのですが、同様にあまり興味がありませんでした。 「英文を分類・解析する」ようなのものではなく、種類ごとに例を挙げていくようなものだったと記憶しています。
高校に入ってからは、テストでも点が取れなくなりました。 中学の教科書と違って分量が多く「なんとなく覚えているから」という答え方ができなくなったせいでしょう。
また、当時の私は「理解すること」には興味があっても「身につけること」には興味がなかったので、たとえば「この単語はこの単語の派生語だ」というのを「なるほどなるほど」と面白がって聞くだけで、覚えるには至りませんでした。
高校時代の予備校、受験勉強
相変わらず興味はなかったのですが、他の科目との成績差が歴然としてきて、 「こんなに英語ができないのでは受験でまずいのではないか」と、一度だけ代ゼミで夏休みの英語講座を取りました。 全部で10時間くらいで、五文型についてやった覚えがあります。「SVC のときはその意味が "S=C" になるから"I am a coffee." はおかしいんだ」、などの内容でした。 こういうガチガチの話はおもしろく、短い時間の割には身についた気がします。 逆に言えば、それまで「五文型ってよく聞くけどそれなに?」という状態だったのですが。
ほかには、英文和訳の薄い問題集を一冊自力でやりました。 学生時代を通じて、英語をもっとも主体的に勉強したのがこの本でした。ほかにも数冊、手はつけたのですがあっさり挫折して、とくに「単語帳」系統はほとんどやりませんでした(おかげで語彙には今でも泣かされてます)。
大学
ドイツ語という大敵が現れたおかげで、教養過程での英語は気分的には楽でした。 講義自体も、映画のスクリプトを読んだり、生の発音のリスニングを徹底的にやったりとかなり工夫を凝らしたものでしたが、やはり興味のなかった私は何一つ身につけることなく、また触発されることすらなく、単位だけ取りました。 (ドイツ語の方は冠詞の活用すら覚えないうちに挫折しました。進級できたのが不思議)
当時は趣味でバンドをしていて、洋楽のコピーも多くやったんですが、なぜか歌詞に興味を持ったことすらありませんでした。
大学では英語に堪能な同級生が多くいたのですが、まだ自分と英語は結び付かず、別世界のことのように思っていました。
研究室にて
(この項目は書きたくないなあ)
大学の研究室に入るといやでも英語の論文に触れることになる...はずなのですが、なぜか「コピーはしたが読まなかった」の繰り返しで卒業してしまいました。 (うーむ)
英語で全文ちゃんと読み通した論文は記憶にないし、 abstract だけにしてもいったいいくつ読んだことか。 英語力なんてほとんどなかったのですから、読めなかったのも当然なんですが。
私の受けた学校教育に対する意見
私の場合に限って言えば、結局のところ「語学に興味がなかった自分」に責任があります。 そのまま一生外国語に興味がなければ問題もなかったのでしょうが、なぜか大人になってから外国語好きになってしまいました。
そこで、今振り返って「学校時代に英語を身につけられなかった原因」や「もう少しこうであったなら」という点を挙げてみたいと思います。
ただし、XX年前の学校への要望であって、現状は知らないので何も言えません。
・中学校の最初のうちに、個別の発音指導をしてほしかった。
これが唯一堂々と主張できる点です。 実際にするのは大変でしょうけど、若いうちの方が簡単でしょうから。 新しい語彙も正しい発音で覚えられるし。
・「なぜ語学が必要なのか」の動機づけがなかった。
数学嫌いの人の「微分積分」のように、当時の私にとって英語は「机上の言葉」であって、どこにも興味の湧く理由はありませんでした。
「甘えたこと言ってんじゃねえっ!」て感じですが、せっかく税金使って義務教育するなら、ちゃんと身につけてもらった方がいいでしょう。
ただし、高校以降で私が受けた英語の授業では、この「動機づけ」は十分工夫されていたように思います(私が触発されなかっただけで...)。
・高校で急に難しくなりすぎた
それまで英語を決して得意としなかったのに、いきなり進学校のハードな英語についていけなかったのも当然かもしれません。 でも、できる人にはそのくらいじゃないとつまらなかっただろうとも思いますし、私自身にももう少しやる気があればなんとかなったかもしれませんが。
話がそれますが、これを中学の他の教科に置き換えて考えると、公立の義務教育ではぜひ「レベル別指導」をするべきだな、と思います。 受験があった高校ですらこの状態なのですから、受験もなしに入学した全員が同じ授業を受けるなんて、無茶ですよね。
似たようなことが「大学で急に難しくなって挫折した物理・数学」にも当てはまるのですが、大学は本来「勉強したい人が行くところ」なので文句を言う気はありません。
逆に、「こうしておけばよかった」という後悔は(言い出すと切りがないのですが)
・もっと若いうちから語学に興味があればよかった
今さらどうしようもないことですが。 これに尽きます。 そうすれば、あの退屈な授業時間をもっと楽しく過ごせただろうと思うだけでも残念です。
・もっと単語を覚えておけばよかった
未だに語彙の少なさには悩まされています。 しかたないのでこれから覚えます。
宿題などでいやいや辞書を引いた回数は多いのですが、まったく覚えなかったので、同じ単語が何度出てきても何度も辞書を引くだけで、時間も無駄だったし、また、語学嫌いに輪をかけることにもなりました。
さて、過去を悔やんでばかりでもしかたないので、他のページでは今後の語学上達に向けた話をするようにします。
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